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コラム

第7回

「バイオクライマティックデザイン」-1-

COP27

2022年11月、エジプトにおいて、国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)が開催されました。この会議は毎年11月頃に各国持ち回りで開催されており、今回で27回目となるため、COP27と呼ばれます。このCOP27には、バイデン米大統領、マクロン仏大統領ら、世界中の首脳が参加し、日本からは西村環境大臣(当時)が参加しました。COP27の主な結果として、次のような成果が公表されています。

このうち①に書かれている「パリ協定」とは、2016年の第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)において締結された、地球温暖化対策協定のことです。この協定は、1997年に採択されたCOP3京都議定書以来18年ぶりとなるものであり、条約に加盟する全197カ国全てが参加する枠組みとしては世界初の試みとなりました。これにより、国際社会は地球温暖化対策へ向けてのあらたな一歩を踏み出したことになるわけです。

こうした中、世界各地の気候風土を活かして地球環境を保全する建築デザイン手法「バイオクライマティックデザイン」が、いま世界の注目を集めています。

バイオクライマティックデザインってなに?

バイオクライマティック(Bioclimatic)というコトバは、日本語で「生気候(せいきこう)」と訳されます。その起源はハンガリーの建築家ビクター・オルゲイが1963年に出版した「Design with Climate-Bioclimatic Approach to Architectural Regionalism-」という本あたりにあると言われています。気候というと、「春になり過ごしやすい気候になった」というように気象(お天気)の話をする際によく使われますが、生気候は人間生気候(にんげんせいきこう)ともいわれ、人間が五感で感じる感覚(温度、湿度、風、明るさなど)を表す言葉として用いられます。もともと医学系の論文などで多く用いられていた言葉ですが、最近では建築の世界でも一般的に使われるようになってきました。

バイオクライマティックデザインをザックリ言うと、「地域の気候特性を生かした快適な環境をつくるという考え方」ということになるでしょうか。つまり、寒い地域では暖かく過ごせる家を作り、暑い地域では風通しのよい涼しい住まいを設計しましょうということです。

野生動物の住処

ここで自然界に目を向けると、野生動物の住処は巧みにバイオクライマティックデザインを利用していることに驚かされます。例えばシロアリの家であるアリ塚は、アリ自身が活動することで生ずる熱エネルギーを生かした、とても高性能な空調システムを、その内部に持っているといわれます。アリ塚の内部は、外気温に影響を受けず常に一定の温度と湿度に保たれ、高くそびえる土の塔は人間が設計したクーリングタワーに匹敵する性能を誇ると言われます。しかも、電力などを使わずに半永久的に機能しているのですから、驚きです。

また、チンパンジーやオランウータンが住む高い木の上は、風がそよそよと流れ、葉っぱに身を隠して安心して過ごすことのできる、彼らにとって最も快適な場所であるといえます。こうした安心安全な住まいというのも、バイオクライマティックデザインの考え方の一つです。このように、野生の動物たちは、自然の営みの中で当たり前のようにバイオクライマティックな住環境を構築しているのです。

BIMの登場と
バイオクライマティックデザイン

建築設計で快適性というと、一般的に気温ばかりを考えがちですが、蒸し暑い夏を持つ日本では、湿度や日射、風などの影響も小さくありません。気温が同じでも、日射や風の影響で快適な範囲が広がったり、逆に狭まったりします。建築設計者は、温度や湿度、日射、風などに対する感性にはわりと鋭敏だと言われますが、それが数字や計算の問題になったとたん、めんどくさくなってあきらめてしまう人が多いのです。

しかし、バイオクライマティックデザインは数字で扱う必要はなく、人間の感性で、快適性に影響を与える要素を設計に取り入れようというのが本質です。オルゲイの時代には、日射や影を解析するために建物や樹木の模型を作って実際に光を当て検討したり、風の流れについても、建物や街並みの模型を作って風洞実験を行い、風通しに対する樹木の位置や窓の大きさなどの影響を調べたといいます。「人工気象室」といった大がかりな実験装置まで作られていたといいますから、この時代のバイオクライマティックデザインはかなり大変だったと思います。

そして時代は変わり、いまでは高性能なパソコンや各種のシミュレーション機能を搭載するBIMという優れた道具が存在します。人工気象室を使い数か月の時間をかけて実測していたことが、ほんの数時間でシミュレーションできてしまうのです。

バイオクライマティックデザインは
誰の仕事?

日本の建築分野では、オルゲイがバイオクライマティックデザインの提唱をした1963年頃に、建築の設計原論から音や光、熱、空気などの物理環境を扱う分野が分かれ、空調設備などと合体して「環境工学」という新しい部門ができたといわれています。

その後、高度経済成長期の建設ラッシュの中で、建築分野はさらに細分化していきます。その結果、本来は設計原論で考慮すべきはずの環境分野が、建物の設計にフィードバックしにくくなってしまったのです。快適な住まいを設計するのが仕事であるはずの設計者が「環境は自分の専門ではない」というのは、なんだかおかしな話ですよね。

いま、バイオクライマティックデザインを主導しているのは環境工学の専門家が中心ですが、本来は計画や設計の分野に携わる人が中心となって推進し、環境工学の人はそのサポートをするというのが、本来あるべき建築設計の姿なのかもしれません。

COP28

次回の国連気候変動枠組条約締約国会議は、今年(2023年)11~12月にかけて、COP28として中東ドバイでの開催が予定されています。ここではさらに突っ込んだ議論がなされることが、世界中から期待されています。

世界のCO2排出量の約三分の一が、建築物に起因するものであるとの報告もあり、バイオクライマティックデザインの考え方は、今後ますます重要となってくるでしょう。そしていま、若い世代にこのデザイン手法を知ってもらおうという取り組みも始まっています。

次回は、こうした環境新時代の「シン・建築教育」について見ていきたいと思います。

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