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コラム

第15回

「ハイパービルディングは
実現するか」

ハイパービルディングコンセプト

前回のコラムでは、環境配慮型の都市のひとつのカタチとして、ハイパービルディングコンセプトについて考えてみました。

ハイパービルディングは、従来の高層ビルの規模を超えて“街”を鉛直方向に積み上げるという、壮大なスケールの都市デザインとなります。その建設費用を無視すれば、技術的には現在の建築材料や技術で十分に建設が可能であり、近い将来に実現する可能性もあると考えられています。

ハイパービルディングに関する有識者会議

ハイパービルディングの建設が技術的に実現可能であっても、これほどの規模になると小国の国家予算にも匹敵するほどの建設費がかかるでしょうから、そう簡単に実現できるものではありません。やはり、ハイパービルディングは夢物語なのでしょうか。

じつは、バルブ景気の絶頂期であった昭和後期から平成初期にかけて、実際にいくつものハイパービルディングコンセプトが大手ゼネコンを中心に検討されていました。そこでは、このコラムで作成した1,500メートル級のハイパービルディングをはるかに凌駕する3,000メートル級や4,000メートル級の超弩級ハイパービルディングも検討されていたようです。富士山を超える規模の巨大建造物がマジメに検討されていたなんて、さすがバブル経済真っただ中という印象をうけます。さらに、こうしたゼネコン各社の最新技術と、大学教授らの英知を集めたハイパービルディングに関する有識者会議が「超高層都市空間システムの開発に関する調査研究」として、財団法人日本建築センター(現一般財団法人日本建築センター)で開催されていたことがわかりました。会議は、1990年代に何回か開催されています。

当時の会議を知る人もずいぶんと少なくなってしまったようですが、この会議に委員として参加していた大学教授にインタビューを申し込んだところ、当時の貴重な資料(写真1)をいくつかお借りできましたので、ご紹介をしたいと思います。(古い資料のため著作関係の確認ができないものがあり、このコラムでは資料の遠写にてご容赦ください。)

写真1:「超高層都市空間システムの
開発に関する調査研究」資料の一部

当時の資料をめくると、手書きのスケッチや模型の写真が多いことに気づきます。この会議が開催された1990年代初頭は、まだ建築CADがあまり普及しておらず、CADを動かすパソコンも高価であったことから、このようなアナログ図面が主流でした。しかし、そのスケッチのクオリティは高く、当時の建築技術者の絵の上手さに驚かされます。話を伺った大学教授の話では、当時はこのようなスケッチをみんなサラサラと描きながら議論を進めていたようです。ひょっとすると、CADなどのデジタルツールの普及で、建築技術者のお絵かき能力は失われつつあるのかもしれません。

バブルがはじけなければ、実現していた
かもしれないハイパービルディング

当時の会議資料には、さまざまな規模のハイパービルディングコンセプトが描かれています(写真2)。

もっとも規模の大きなデザインは、ビルのすそ野が東京の山手線一周(34.5km)と同じくらいになっています(写真2左側のスケッチ)。これはまさに、ビルではなく都市の規模ですね。資料によると、一次構造体(人工地盤)は1000年の耐久性を有すると書かれています。一次構造体の上に二次構造体が構築されるのですが、これが私たちがいま暮らしている街にある、普通のビルのイメージです。この二次構造体は、必要に応じて一次構造体の寿命の中で何度か建て直すことが必要と書かれています。

別のデザインでは、高さが1,500メートル級のハイパービルディングコンセプトが描かれており、これはこのコラムで皆さんと一緒に考えたコンセプトに近いサイズです。このスケッチには「緑豊かな外観」や「自然との共存」といった書き込みがあり、当時はまだあまり議論されていなかったと思われる、地球温暖化問題への解決策がすでに議論されていたことがわかります。都市を鉛直方向に展開し、それによって解放される“地面を地球に返還する”というコンセプトが、当時の有識者らによって検討されていたことは特筆すべきです。しかし、いまになってみれば、こうした未来の都市デザインがこの30年の間に実現していたなら、もう少し2023年の夏も涼しく過ごせたのではないかと思い、残念な気もしますね。

写真2:さまざまな規模とデザインの
ハイパービルディングコンセプト

いまこそ見直されるべき
ハイパービルディング

ハイパービルディング計画は、1950年代に始まったといわれています。建築を専門としない人も、一度は名前を聞いたことがあるであろう、米国の伝説的な建築家フランク・ロイド・ライト(1867~1959)は、1956年に高さ1マイル(約1,600メートル)の「ザ・イリノイ」というハイパービルディング計画を発表しています。このハイパービルディングは、シカゴ(米国イリノイ州)に建設される予定でしたが、当時の建築技術や建設コストの問題により実現には至りませんでした。

その後、30年くらいこうした計画は鳴りを潜めていたようですが、1980年代にアメリカや日本を中心に、高さ1,000メートルを超える、いわゆるハイパービルディングの計画が相次いで発表されています。特に日本ではバブル絶頂期であったこともあり、前述の有識者会議などで真剣に議論されていたのですが、バブル崩壊とともにこうした計画は忘れ去られてしまったようです。

しかし今、地球環境問題を解決する一つのアイデアとして、ハイパービルディングを見直してみる好機かもしれません。世界で増え続ける人口を、鉛直方向に拡張する都市で受け止め、空いた地表面は植物や小動物に還すことで、止まらない地球温暖化にブレーキをかけるのです。

70年前の「ザ・イリノイ」計画や、30年前の「超高層都市空間システムの開発」時には存在しなかったBIM3Dプリンタという最新技術を、21世紀の私たちは持っています。技術的に本当にハイパービルディングを建てることができるようになった今こそ、先人の大胆な都市計画アイデアに地球環境保護の視点を加えて実現する時ではないでしょうか。もっとも、膨大となることが予想される建設費を、だれが負担するかが未解決ではありますが…

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